2017年12月31日日曜日

[わ] 私のこと~叙述体験として~

 はじめに ブログを始めて5年。当初予定していた「五十音順」でいけば、4年と1か月で一巡する手筈だった。もう1年もオバーしてしまっている。しかも[ロ]音のなかで止まったままの状態(正確には「未完の完」)である。予定外に仕事が入ってしまったためである。その仕事もここにきてようやく終わりを迎えた。いろいろ計画もあり、中断を引きずったままでは次の仕事にも支障を来たしかねない。
その計画は、[わ]の一つとして予定していた鷲巣繁男論にも関係している。優先されるべきは計画の方なので、鷲巣繁男論は計画に回し、ここでは、ブログの掉尾を飾るべく予定していた「私のこと」を取りあげ、ひとまず終刊として区切りをつけたい。ブログ開設当初から「後日」としか記しておかなかった「プロフィール」の件も、この時の到来を待っていたので、今回のアップによってすこしは自己紹介の代わりをつとめてくれるはずである。
なぜこのような、最低月1本を目標とするようなブログを書き続けてきたのか。それも5年も。テーマの立て方も傍目には節操のなさだけが目立つような定見性を欠いたものである。いったいなんのつもりかと非難されることはあったとしても褒められることはない。以下は、自分ではそう思っていない、つまり無分別故の乱筆ではない「意思表示」である。まず「五十音順」の並び替えからはじめる。

* ただし多くは推敲からやりはおさなければならないから当分終わらない。

並び替え ブログ(20125月~20171月)を振り返り、五十音順で並んでいたものをジャンル別に並び替えてみたい。大きく文学、芸術、その他に分かれる。全二者の内訳は、文学が、創作、詩論、小説論に、芸術が、音楽論、美術論になる。なお「*」のあるものは異なる二ジャンルに亙っているものである。

創作
①「顕子と子秋」(2012.5) ②「『愛』左手のピアニスト」(2012.5) ③「フライ(逆行)」(2012.6) ④「泉―井の頭公園」(2012.6) ⑤「占い師ミコ」(2012.7) ⑥「運河沿いの画家たち」(2012.7) ⑦「音楽」(2012.9)⑧「仮面劇」(2012.10) ⑨「ケ・セラ・セラ」(2013.1)⑩「散策―あるいはKa子の自伝」(2013.3) ⑪「チャイコフスキー? 聴かないわ!」2013.9) ⑫「艶めくファインダー」(2013.10) ⑬「二眼レフ」(2014.2) ⑭「無伴奏組曲の『明日』」(2015.3) ⑮「夜行」(2015.5(ただし現在削除)) ⑯「夜陰のほほえみ」(2015.9) ⑰「ライナー・ノーツ」(2015.10) ⑱「ロマン1―公園の男」(2016.6) ⑲「ロマン2―男と組長」(2017.7) ⑳「ロマン3―取調室」(2017.7) ㉑「ロマン4―旧市街地の公園」(2017.7) ㉒「ロマン5―ゴーストライター」(2017.1) ㉓「ロマン6―シャドウライター」(同) ㉔「ロマン7―婦警」(同) ㉕「ロマン8―参戦」(同)
 内訳 ①~⑤⑦⑨はシリーズ物、⑧⑩⑫は連載物、⑱~㉕も連載物。

詩論
①「石川啄木の今~没後100年~」(2012.6) ②「北村透谷~叙事詩の誕生~」(2012.11)③「てふてふの詩人~安西冬衛断想~」(2013.11) ④「中原中也の詩~日本語を超えた「日本語」~」(2014.1) ⑤「「ネストリウスの夜」小論~ダニール・ワシリーフスキー(鷲巣繁男)の書・第壱『夜の旅への旅』~」(2014.4) ⑥「日夏耿之介四題」(2014.7) ⑦「連載詩「北方」と流謫~鷲巣繁男と北海道島~」(2014.10) ⑧「宮沢賢治と短歌~「現場」への橋~」(2014.12) ⑨「『メタモルフォーシス』~鷲巣繁男の「詩法」~」(2015.2) ⑩「山村暮鳥~「ばくれつだん」としての詩と詩想」(2015.7) ⑪「『夜の果への旅』の「楽式」~鷲巣繁男論への一視角~」(2015.9

小説論
①「尾崎 翠~「黄金の沈黙」~」(2012.9) ②「「影」のアンソロジー」(2012.10) ③「『砂の女』のなかの「女」」(2013.5) ④「「創作」の一始原としてのギリシア悲劇~ソポクレスにより~」(2013.7) ⑤「辻仁成からの遡及~70年代文学の系譜~」(2013.10) ⑥「トルーマン・カポーティ~ノベルの究極~」(2013.12) ⑦「ヌーヴォ・ロマンを読むということ」(2014.3) ⑧「「ノート」1~5:小川洋子『沈黙の博物館』を読むためのノート」(2014.5) ⑨「深沢七郎と「ふるさと」~深沢文学の時空~」(2014.8) ⑩「『雪は汚れていた』の精読~シムノンに学ぶロマン~」(2015.8

音楽論
①「アンサンブル―二つの「人間集団」」2012.5 ギュンター・バント評) ②「グレン・グールド~演奏家という存在形態~」(2012.12)③「チャイコフスキー? 聴かないわ!」(2013.9)「バッハの音を「知る」ために」(2014.6) ④「ベートーヴェン断簡」(2014.9)⑤「マタイ受難曲~バッハに現れた「女性の声」~」(2014.11) ⑥「モーツァルト~回想として~」(2015.4) ⑦「《リンツ》シンフォニーの響き~モーツァルト再試聴~」(2015.11)⑧「ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの《クロイツェル》~一人の女性奏者の弓~」(2015.12) ⑨「レクイエム~モーツァルトの無念~」(2016.2

美術論
①「エミリーウングワレーと芸術的人類」(2012.8) ②「ゴーギャンのためのノート」(2013.2) ③「田中一村~濃密な情愛~」(2013.8

その他
①「アンサンブル―二つの「人間集団」」(2012.5、船上記) ②「哀悼 吉田秀和」(2012.5 音楽関係) ③「渡航記」(2013.2、美術論②附載) ④「「島」~神女たちの島・久高島~」(2013.4、旅行記による「島」論) ⑤「「聖なる谷」とその奥地~「新インカ王朝」の精神~」(2013.6、インカ帝国滅亡史と旅行記) ⑥「「賢治の東北にむけて」(2014.12、詩論⑧関連)

〝高い志〟 月に最低1編を課したブログ執筆期間は瞬く間に過ぎ去った。許された時間は限定的だったが、可能な限り文献渉猟に努めるのを執筆の条件として臨んだ。1か月は、前半の約2週間を文献読破に、その後の2週間を執筆に充てる形で画一的に費やされた。原稿用紙で4050枚から長いものでは100枚を超えることもあった。
無謀としか言いようがない。当然の成り行きとして推敲に皺寄せが及ぶことになる。なかには全くと言っていいほど推敲らしい推敲を経ていない月もある。少し手を入れたものでも、読み返すと、てにをはや誤字脱字といった初歩的な間違いが目立つ。修辞部分を含めてすべてにわたって書き直しが必要である。その意味でも上にも記したように先は長い。成稿のたびにラベルをジャンル毎に付け替えていく予定である。
最初から不十分を承知で書き続けきた、というのが偽ざる真相ながら、ではなぜそのような無謀というか無茶な真似を5年にわたって続けてきたのか。偏に自分に課したノルマを果たすためであって――その点では決めたメミューを毎日自分に課す運動選手に似ていたとも言えるが――そのためには多少(?)みっともないところを見せても構わない、と気負いと重なって少しどころか相当やけっぱちになっていたからと言うしかない。しかしそれはあくまでも表面的なことであって、問題は、書き殴り以上にジャンル横断的なテーマ選びにある。たしかに見るからに節操がないからである。これもそう見られるのが分かっていて行っているなどと吐いてしまえば、さらに顰蹙を買うに違いない。
故に本稿が、〝高い志〟から企図されたものであることを説明しておかなければならない。これも気負いの延長かもしれないが、以下は叙述体験の記録である。

書簡叙述 文学的な文章を書くようになったのは、10代後半からである。遅いのか普通なのか、開始年齢としては遅くも早くもない平均的なところかもしれないが、あらためて「自分史」のようにして振り返ると、それがかりに10代前半に遡っていたなら、もっと違った文章が書けるようになっていたかもしれないと思われないでもない。でも自分の環境(丘の上の長閑な田舎)には、周囲の自然との交わりを促すことはあっても、少年の心に内面的な筆を執らせる機会はなく、あったとしも日記に留まる。それもつけていたかも思い出せないが……。
それだけに中学校の音楽授業のレコード鑑賞だけが、今も鮮明に脳裏に焼き付いているのは、現在に至るクラッシク志向の始まりとしての鮮明な記憶以上に、芸術的関心がどのように田舎の少年を捉えていたのか、その在り方に今も関心を寄せ続ける記念碑的な思い出となっている。ただ幾ばくかの懸念があるとすれば、環境を所為にしたのが、文学的関心の未成熟が、たんなる資質的なものだったのを言い逃れる方便に使っていたかもしれないと案ずることである。
結局、自発性を欠いていたこともあり、少年の文学的関心は、一人の人との出会いを俟って始められていく。やがて文学を自分の人生として自覚的に開始することからも、自分史におけるほとんど決定的な邂逅だったと言える。叙述体験としても決定的だった。未熟な遣り取りだったといえ――方法的には書簡――それに勝るその人との関係性への情熱は、少年を青年にする上に決定的な要因となって、さらに遣り取りを頻繁なものにする。初めての叙述体験をここでは「書簡叙述」と呼んでおこう。同叙述を経て青年を迎えた少年を、以下「彼」として扱う。

サークル誌 進学のために上京した彼を待っていたのは、文学の馥郁たる香りだった。香気は大学キャンパスだけではなくそれ以上に大学地である街全体に溢れていた。時代も文学的だった。高い芸術的香りにも満ち溢れていた。
彼は文芸サークルに所属する。同時に入会した同窓の友人は、後で知ったのだが、幼少の頃、有名な詩人の腕にいだかれたれたことがあるような、彼の少年時代とは別世界のような濃密な文学的環境で育ち、高校時代を通じてバリバリの文学少年だった。その彼に言われた。入会後それほど時間は経っていなかった。
「面白くない――」と。
サークル誌の一つである、簡易な連絡誌に発表した彼の詩作品に向けて発せられた、言葉の厳しさとは裏腹な、単刀直入でかつ外連味内のない一言だった。それだけに余計に堪える。
詩は田舎で暮らしている頃から書いていた。書き出しの契機は、少女への恋心だった。心情的には、「まだ上げ初めし前髪の/林檎のもとに見えしとき」の純情詩の試みの中で書き綴った、詩作の契機としても動機としても少年期の一般的な情感の中に収まるものである。サークル誌の作品は、それを当時の大都会に暮らす青年の鬱屈に書き換えたものだった。
入会して半年も経たないうちに詩は彼のもとを離れていく。決定的だったのは、同じサークル員(女性)が精力的に発表する詩作品から受けた強い衝撃だった。商業詩誌への投稿では、思わず選者を「奇跡の一行」と唸らせる水準の高さだった。
詩を離れたのは、逆説めくが詩を理解したからだった。書けないこと、書いてはいけないことを含めてである。70年代前半のことであるが、今に続く「詩論」である。
詩は、持って生まれた詩才とともにあるが、それだけでは成り立たず、詩才を抽き出すことばが、ことばを裏切っていないことをもう一つの条件としている。問題は、「裏切り」に気づけるかつけないかである。とても難しい。でも実作者を身近に置いて同じ時間を生きるとき、理解力によってというよりはより直撃力のある感受性によって彼は打ち据えられる。
詩は実在する。そして彼女の実在を前にした彼は実在していなかったのである。ことばとその裏切りによって。そこに覚えたのは、まさしく脱落感以外のなにものでもなかった。だがこの無力感に似た思いが、彼を次の叙述に向かわせる契機となる。

散文的体質 おそらく彼は散文的体質であった。サークル誌にはじめて創作を発表したとき、それが詩からの疎外感の上になされていたとはいえ、動機を超えた執筆体験に覚えた新鮮さは、文章は拙くても彼を裏切っていなかった。その言葉との定着感めいた思いが、今に続く創作の大本となる。
かくして彼の叙述体験は、一気呵成に開花するかに見えた。さらに倍加する枚数で次の作品を書き上げたとき、しかし彼を待っていたのは、合評会での予想外の批判だった。
「なんのために書くのか?」
問われたのは、書く意味だった。後年、「一気に書けてしまうときは大抵ダメだ」という作家の談を彼は目にする。そして、なるほど、と学ぶようにしてその時を思い出す。たしかに思いのほか筆が進んでいたのだった。
でもより本質的なことは、書く意味だった。叙述体験として振り返れば、再び「裏切り」が問われていたのである。詩の時とは違ってことばは裏切っていなかったが、テーマが裏切っていたのである。裏切りを容れざるをえなかった彼は、しばらくの間、テーマとの格闘を続けることになる。1978年(昭和53)までである。
今から思えば自然な煩悶であり、その日々の中で味わうべき挫折感だった。書くことの意味は、とりわけ創作や詩作には常について回る、固有の文字芸術上の問い立てである。少年をテーマにはじまった彼の創作は、少年を書くことの意味として問い直さなければならない。深まる悩みに先が見えないなか、青年を書くことは自然の流れであったが、テーマに伴う裏切り感を脱することができない状態が続く。

評論体験 そうした中、彼の叙述体験は、身辺の環境変化に伴って、未知の時空に参入することになる。転居による新しい人間関係である。転居先は、その当時、市内で二番目に古いと言われていた、見るからに古色蒼然とした一軒のアパートであった。昭和前半の築造だった。
住人の大半は学生。学生というのは名ばかりで日々を自分勝手に生きる自由人。時代が許した学生生活ながら、今では〝不良学生〟あるいは脱落者。しかし稀にみる個性派ぞろい(強者ぞろい)で、文学芸術には並々ならぬ高い見識も持ち合わせた面々であった。
深夜を厭わず各部屋のステレオからは、クラッシクやジャズ、ロックが鳴り響く。やがてこのアパートから音楽(クラッシク音楽)を中心にした同人雑誌が発刊される。創刊号から同人だった彼は、この雑誌を通じて新たな叙述体験を獲得する。評論である。
サークル雑誌が詩と創作に限定的だったこともあり、この同人雑誌――名前は伏せるが、ある有名な大音楽評論家は、我々から送られてきた雑誌に対して、「自分が思っても考えてもみたことがなかった聴き方」と、後期ロマン派のある大作曲家を扱った収載評論の一つに好意的な感想を送ってよこした。ただし別の同人の評論である――によって創作と並ぶ叙述体験が付け加えられ、彼の将来に向けた文字表現の幅をつくることになる。

創作の確信 かくして最も刺激的だった20代が後半を迎えようとしていた時、彼は新しい創作テーマに出会う。それはまるで不図後ろを振り返ったとき、そこに自分が振り返るのをじっと待っていたかのような、一人の見知らぬ人との遭遇に近かった。テーマはまず一人の人物として立ち上がる。女性だった。予想もしていなかった人格だった。なんといっても来る日も来る日も青年を追い求めていたからだ。
この出会いが、上記した具体的な年代、すなわち1978年(昭和53)である。再び「裏切り」によるなら、予期もせず立ち現れた創作上の人物像とその人格が繰り広げる物語への予感は、裏切りどころかつよく未来を予感させるものだった。しかも瞬時にである。そういう意味でもまさに振り向き様だったのである。
人物が最初に立ち上がり、次に物語を呼び込む。呼び込みに伴ってことばが吸い寄せられるように集まる。しかるにこの中に彼はいない。少年から青年をテーマにしていた時には必ずいた彼がである。まさにいないことが、かえって強く物語を志向する。ここにきて自分だけの文学的体験の実感となる。そしてそのまま叙述体験の獲得となる。人物・物語・ことばとの一体感は、生きる力をも生み出す。

手鏡 5年後、一編の小説作品が中断される。意図的な中断だった。その時彼の頭にあったのは、いつでも再開できるという、時間に対する超越的な自信だった。事実、その一編は、実に四半世紀を経て、その間のブランクをものともせず、まるで次の日の筆遣いであるかのようにして懈怠なく連載を綴り始めたのである。
四半世紀に及ぶ後ろ向き(前線からの退歩)からの唐突なまでの前面への復帰だった。まるで両面鏡(手鏡)を一回転したのに近い転換劇である。それまで彼は何処にいたのか。鏡の裏面か。裏面から鏡の表に映しかえられたのか。しかし鏡の裏や表というなら一人の彼か。別な彼か。言えることは、「二人」は、同じ鏡面に映しだされる横並びの両者ではなかったことである。横同士の関係ではなかった、その在り方こそが後のブログの始まりとなる。

論文 触れておかねばならぬことがある。自分の人生に予想していなかったもう一つの叙述体験についてである。論文(学術論文)である。文学とは別なところで抱え込んだ自分史である。自分史としての意義を見出すのは容易でない。それでもなにかが自分を捉えた。捉えられた。それは確かである。それは受動性であり同時に能動性でもある。根深い。モノのもつ意味に関わる。考古哲学ならぬモノ哲学として質すべきであろうか。将来的に企んでいることがないわけではない。
それはともかく、叙述体験として捉え直すと、論文は、自己表出とは一線を画した世界観に足場を置いている。言うまでもないことだが、学術論文は、非自己表出ともいうべき「無私」を要件としているからである。この「無私」には、文学的修辞は勿論だが、それとともに考察の主体者たる「私」の思考態度も含まれる。「無私」とは、各自の思考態度に左右されない、その違いを超えているところに求められる。
究極的には数式に導かれるような思考態である。しかし終に「私」は数式化しえない。それがいくら事実をすべてとするからと言って人文系の「無私」の限界である。一見数式に見まがうほどの高い客観的事実にしても、事実を事実としているのは〈ことば〉である。ことばである限り、思考態は、数式のようには導かれない。ゆえに従属性(事実への従属性)も見せかけにすぎない。むしろ見せかけこそが「無私」の正体である。これは事実(「無私」)への矛盾である。事実とはなにかの切り口でもある。
それは別の問題だが、この矛盾が、論文を新しい独立した叙述形式として言語表現史的な分析対象に繰り込む。日本近代化と軌を一にした叙述体系である。その点でも評論は、文学関係の学術論文との差別化をより強く意識しなければならない。問われるべきは、言語表現史論である。その点でも文体を生命とする批評・評論との差別化が求められる。
語りだすときりがない。文体を持ち出したのも人と関係が違うからである。一見、扱う事実関係の近接性から批評・評論との境界を見失いがちであるが、人の在り方を、人生と存在との二項に分けたとき、人生=存在のような等号関係を崩さない上に成り立つ一般論としての学術論文に対して、批評・評論はそれを二者関係に据える。厳密には強いられる。詳述が必要ながら、結論だけを取り出すなら、文体が必要なのはそのためである。扱う対象が同じでも、一方を文学(評論・批評)に、一方を「文学」(学術論文=文学論)にするのも、結局〈文体〉である。
付言しておけば、客観的事実の発見と発見の組成(叙述)とは、大袈裟に言えば世界の所有にほかならない。おおもとにあるのは、人生=存在なる等号関係であり、それが人(学術論文の主体者)に及ぼす力である。驚くべき力となる。でも本稿ではその〈力〉と一線を画す。それが逆説的ながら「論文」を通じて得たもう一つの叙述体験だった。

修飾語の排除 論文で学んだことはさらにある。修飾語を極力排することである。説明するまでもなく、私的な解釈が紛れ込むからである。繰り返せば、構文は方程式や化学式を至上の形式とする。それこそが完璧な「無私」の姿である。
この叙述体系に意味があると思うのは、推敲の段階で完璧に修飾語をそぎ落とすというジョルジュ・シムノンの「ロマン・ロマン」の小説論を思い起こさせるからである。シムノンの目的もまた「無私」である。でも決定的に違うのは、一方がそのことで高い所有感を手に入れるのに対して、シムノンが得られるのは、一切の所有感からの退去である。しかも自分自身を含めてである。
この場合の「無私」が意味するのは、「他者」という形である。しかも形とは自分自身のことである。したがって同じ外形をとりながらも実質的にはもっとも世界観を異にした二者となる。

ブログと〝野心〟 いよいよブログである。なぜいろいろに書くのか。当初はウォームアップのつもりであったが、五十音を少し進んだところで、やや野心的な気持ちが芽生えてくる。ジャンル横断にも意味を求めようする。
もっとも懸念していたのは賢しらである。しかし賢しらなしには何一つ進まない。通有の教養主義と比べれば、賢しらはまだ専門性の側に近いからである。問題は賢しらを賢しらとしない叙述である。専門性が、個人を個人として立てかつ際立たせるところにあるとすれば、賢しらにならないとは、同じように個人を手に入れることにほかならない。もし途中では賢しらめいていたとしても最終的に個人が実現されていれば、賢しらは賢しらでなくなる。故に問題は「個人」である。なんとも簡単すぎる論法であるとしても。
それに専門性は累積である。しかし必ずしも方法ではない。とするなら「方法」に実現する「個人」があることになる。「個人」から質さなければならない。
しかしながら抽象的だと話が逸れかねない。ブログの内訳からなにを念頭に置いてその都度のテーマを選んでいたのか、辿り直してみよう。創作は「本筋」なのでひとまず措く。詩論もすでに記した詩的体験のとおりで、「読む詩作」がなさしめているところである。したがって「実作」である。小説論もあまり問題にならない。「本筋」との反対給付の関係にあるからである。ただ支払いとなる新たな作品が十分でないところには忸怩たる思いが付きまとうことになる。

音楽論 問題になるのは、音楽論と美術論である。ただし音楽論に関して言えば、詩作や創作に先んじて彼を捉えたのが音楽であったのは、すでに記したとおりである。しかし、聴くだけで済まさずにいるのはなぜかと言えば、簡単すぎるがより深く聴きたかったからである。ことばによって聴くとき、音はその瞬間々々、あらためて自分のものになる。音楽家(音楽評論家を含む)なら音符を言葉に替えることができるが、一般の音楽愛好家が可能なのは、演奏をことばに替えることである。したがって、音楽論の中には少なからず演奏家論が介在することになる。
それでもなぜ深く聴きたいのか、までを問うとしたなら、そしてそこではじめて叙述体験を問う意味が生まれてくるのだとしたなら、まだなにも語っていなかったことになるのかもしれない。遠く少年の日の音楽教室(音楽論⑥)に還って、今一度、それが叙述体験の深淵であったかを問い直さなければならない。今後の課題である。
でもそれはそれとして、今現在も音楽論に関する限り、強がりと思われかねないが、ジャンル横断的な思い(懸念)は、書きぶりを含めて持ち合わせない。

美術論 そこで残るのは美術論である。鑑賞記録や展覧会感想として書くのなら、そのように叙述形式を揃えるのならあえて問い返す必要はない。その場合、ブログ枠組みは「その他」になる。立場を弁える賢い人たちは、自分の専門外ではそのように「その他」として書く。専門性を守るためでだけではなく、専門に費やす時間の純粋性を担保するためにもである。
最初から断ってしまえば、美術論三題は、最初からそれらを包括するより上位の論題によって書かれていたのである。曰く「反証の美学」である。ブログが保持しようとした〝純粋性〟である。
音楽論との違いは、音楽論が純粋に深く聴きたいのに対して、美術論ではより哲学的であったことである。絵画による時空の補足は、自分にとって資質的にもまるで知らない日常体験であった(中学では郡大会でたしか金賞をとったように記憶しているが)。
平面や立体美術によって存在を体験することは、なんと哲学的な体験であることか。自分を発見するよりは発見される体験がもたらす受け身感。美術に向かうことばは、この受動態に生まれ、生まれることを動機とする。そしてそれがそのまま叙述となる。美術の叙述体験だけは異質である。もたらされるものだからである。
美術的知見がいかなるものであるかを含め叙述体験としての再考がさらに必要となるが、それはそれとして体験史の一ページを飾るべく予期されていたものであったことを以上によって追認するとき、叙述体験として綴った本稿の扉も閉じられる。ひとまず擱筆し機会を見て補いたい。

追 記 次は「追記」である。ネタ元は201811日の朝刊朝日の「新春特別版 読書 何のために本を読むか」と題された、長く同新聞の書評委員を務める柄谷行人と横尾忠則の「書評委員対談」。ここに引くのは、そのなかからなぜ書評委員を引き受けたかの経緯と美術との関係を語る横尾忠則のくだり。
最初は断わったのだという。読みだしたのが40代からで仕事(グラフィック)が忙しすぎてそれまでちゃんと読んでこなかったからだと。そして続けて言う。

魔が差してね。この際、自分のテリトリーを拡張することで未知のゾーンの経験がアートの概念を刺激するかもしれないと引き受けました。ただ視覚と対立する言葉の導入は僕には危険な賭けでもあった。というのは、絵の制作時は言葉と思考を排除する必要があるから。(横尾忠則、傍線引用者)

これが実作者からのことばとの関係表明だとすれば、筆者と美術論との関係への言明は、それを鑑賞者の立場から表明したものだったことになる。「言葉と思考を排除」した世界から「もたらされるもの」への再関係化。しかもそれが排除すべき「ことば」によって実現されること。この「矛盾」に動機が隠されていたことをこうして再確認すると、美術論はジャンル横断からあらためてジャンル内となる。
かくして書く必要は音楽同様に文学となり、総じてブログも一つの中に行われた、「私のこと」だったことになる。

2017年1月5日木曜日

[ろ]8 ロマン(連載8) 参戦


――貴方は引き受けるわよ、引き受けるべきよ。わたしのためではなく、貴女自身のためにね。
語りかけた窓辺からはなにも返ってこない。ガラス板が女史をぼんやりと薄く映し出しているだけである。

編集室の窓辺から外に広がる景色には、近くに遮るビルがない。いくつか先の駅まで大きく見渡せる。でも女史は階上から下を眺めている。歩道を行く人々の思いを窺っている。
街路樹が季節の風にゆるやかに揺れている。車が風のように流れて行く。タクシーを止めて若い女性が乗り込む。編集部の若い女の子である。印刷所へ出張校正である。よく働く子である。動き出したタクシーはまっすぐに進んでいく。交差点を青で進む。次の交差点も赤に変わらない。
気分を良くした運転手は、ときどきバックミラーを覗く。生き生きとした顔が映し出される。まだ赤信号に引っかからない。風を切って進むタクシー。このままずっと乗せていたい気分になる。印刷所まではちょっとした道中である。上客である。運転手は声をかける。出版社の社員であるか確かめる。会社の目の前で拾ったからである。それに胸もとに分厚い封筒も抱えている。
車内の会話が弾む。心優しい子である。人当たりもいい。誰にでも笑顔を絶やさない。このまま育っていって欲しい。もう自分と引き比べてしまう。この頃はいつもだ。昔の自分を思い出す。自分もそうだったはずだと。
でも今の自分に昔の面影はない。すこしは可愛い顔もしていたのである。それが同じ自分だと思えないくらい疲れてしまった顔。ときにヒステリックに荒立ててしまう言葉遣い。後味の悪い時間が自分の周りを取り囲む。
言われているにちがいない。ヒス女って。ヒスジョともヒスメとも。なるほど「ヒス目」か。ガラスに探す。自分でもそう思ってしまうヒスメの顔を。あの子だけにはきつく当たらない。決意する。
車内の笑い声が聞こえる。忘れてしまった笑顔。わたしから精気を奪った者たち。奪い返さなければならない。でも今はその気力もない。原因は痛いほど分かっている。良い作品が出せない。そのためである。
作家たちに嫌われている。作家たちにとって煙たい存在。変にベテランになってしまったからだ。刺激を与えるどころか創作意欲を削いでいる。以前なら自分のために書きたいとまで言われたのだ。その時の駆け出しの作家の顔が思いだされてならない。
一緒に現状を打破しましょう。曇りのない心で作家たちにかけることのできた言葉。編集者としての言葉。返される大きな頷きと作家たちの目の輝き。
――〇〇さんは、編集者というより同じ仲間って感じ。同志のような。
愉しかった飲み会。文学談義。将来への挑戦。酔った勢いだったかもしれないけど何度も言い寄られたこともあったのだ。今では避けられるばかりでも。
苦笑してしまう。自分を囲んだ今夜の飲み会。編集慰労会。部員にとっては仕事の延長。文学を囲んだお酒ではない。上司につき合わされなければならない嫌なお酒。わざとらしくつくろった部員たちの口許になんて言葉をかけてあげればよいのか。彼らはどう見ているのだろう。こんなはずではなかった今のわたしを。哀しくなる。
翌朝、早めに出社した女史は、その手をキーボードの上に伸ばす。「海外旅行」と打って検索をクリックする。特集号も無事校正を終えられた。後は刷り上がりを待つだけ。今しかない。女史は心を決める。上司に休暇願をだす準備を始める。
そしてもう一つ。出かける前にしておかなければならないこと。もっと大事なこと。肝心なこと。話してしまう。どう思われようが構わない。もう心は決まっていた。そして依頼する。引き受けて欲しいと。
あなたにしか頼めないの。訴える。追い詰められた自分を晒すのは気が引ける。でも構わない。彼女なら理解する。わたしが普通でないのを察する。どうしたのなどとつまらない詮索はしない。相変わらずクールに。なにか大変そうね、やはりそうだったのね、程度に。

女史は、再び窓辺に立つ。
――貴方は引き受けるわよ、引き受けるべきよ。わたしのためではなく、貴女自身のためにね。
なにを言っているのだろう。同じことばかり。
でも訴えてしまう。貴方のため。そう貴方のためと。繰り返し繰り返し。
これは復讐でなければならない。彼女の。わたしに対する。
訳の分からないことを? 彼女は嗤う。
わたしにも分からないの。でもこれは復讐なの。貴方がわたしにできる。わたしが貴方に望む。
わたしはわたしを演じているのだろうか。
自分に復讐を企てているのだろうか。
連絡を入れる。聞いてもらいたい話があるのと。
いつでもいいわよ。
やはり落ち着いている。もう見破られている。
――引き受けて。お願い。引き受けないなんて許さない。
女史はガラスの向こうに彼女を探す。
でも彼女はこう言い返す。
――私のためって? なにそれ?
と。 


 でもそうなる。
なるほど、編集女史の言うとおりだった。彼女は引き受けるのである。
それでも今度は彼女の番である。いろいろに考えをめぐらす。受けるための理由を。自分を納得させるための。
長い付き合いだから? ずいぶん面倒を見てもらったから? 違う。今回は。自分の理由からだ。女史の窮状を見るに見かねて求めに応じようとしているわけではない。
それにそもそもそれは(Ⅹ氏が作品を書けないことは)、言われるような窮状などという手合いかしら、まともに考え直せば、すこしも窮状ではなくなる。いくら編集者と作家の関係だからといっても所詮仕事にすぎない。仕事を超えて義理に縛られる必要はない。見限ってしまえば好いのだ。女史のためだけではない。作家のためにでも。
それ以上に何があるというの? それとも二人の間に特別のなにかでもあるというの? くだらない!
彼女は無償に腹が立ちだしていたのである。我慢がならないくらいに。そう思ったとき、気がつくと、急に引き受けてもいい、と思い始めていたのである。それ以上に引き受けなければならないと思いはじめてしまう。
気持ちは一方的に昂じていく。やらなければならないことのために。自分のためではなく、女史のためでもなく、誰のためでもなくやらなければならないことのために。湧き上がってくる。怒りに近い思いとともに。
一週間のうちに返事を欲しいと言われていた。三日後には連絡を入れる。翌日でもよかった。それではいかにも安易すぎる。でももう待てない。早く連絡しないと腹が立つばかりである。
 しかし編集女史は、不在だった。出張だと聞かされる。戻るのは三日後だと言う。なるほど一週間以内にか(いかにも女史らしいこと)……。何時からだったんだろう。でも訊かない。どちら様ですかと訊かれてしまう。明かせない。
ありがとうございましたと言って電話を置く。耳元に感じの良い若い女性の声が残る。訪れたことがない編集部の姿が浮かぶ。
キーボードに指を置く。気持ちは固まっていた。画面を睨む。画面のなかに浮かぶ〈顔〉を睨む。これが彼女の経緯。はじまっていくための。

 *

対照的な性格の場合、通常、お互いがお互いを補い合うみたいなとられ方になりやすい。でも違う。二人の場合は逆である。補い合わない。むしろ補い合わないから、仕事を超えて長く付き合い続けてこられたのだ。そうとも言える。
楽だった、違うことは。同じところがないことは。会う度にそれを感じるのは。とくに編集女史の場合、女が嫌いだったのに対して、彼女の場合は男が嫌いだった点に関しては。でも口に出して確かめ合うわけではない。それぞれのプライドがそれを許さなかった。
でも素振りも見せない分、逆に二人の結びつけを強める。今度は秘密も絡む。しかも密約である。
断っておけば、女嫌いの編集女史が彼女を容れられるのは、もちろん、彼女にまったく女を感じないで済むからだった。
 でも、自分たちはどこか似ている。編集女史はそう思っていた。彼女もそう思っていた。見かけも性格もまるで違うのに、二人は互いを見、その相手を見る目で自分を見ていた。拒まない。どちらからも。そうであることに。

 一週間が過ぎる。女史はまだ出社していなかった。数日後、女史の方から連絡がはいる。留守をしてしまったお詫びと、「資料」を送ったという連絡だった。判断材料にして欲しいからと。
 さらに数日後、電話がかかってくる。返事を求める電話ではなかった。会ってほしいという連絡だった。返事はそのとき聞かせて欲しいと言われる。
三日後、いつも使っているバーで落ち合う。お土産よと言って南米産の色鮮やかなスカーフが渡される。珈琲豆も。海外出張だったのと訊かれた女史は、ごめん、と言って、実は個人的な旅行だったのだと言う。少しばつが悪そうに。弁解しようとするのを彼女はやめさせる。そんなことはいいわ。そう言って、お見上げ嬉しいわと言いながら、代わりに今度旅行の話を聞かせてよと言う。
簡単に乾杯だけ済ませて(無事の帰還に対して)、肝心の話にはいる。女史から郵送されてきた「資料」がテーブルの上に取り出される。
「訊いてもいい?」
ええなんでもと笑いを浮かべながら答える女史に彼女は単刀直入に尋ねる。
「この『共作用』って?」
 送られてきた「資料」の表紙に書き添えられていた朱書きの文字だった。
「貴方と私との、という意味で入れたの。気分を害した? 勝手に決めつけられてしまったようで」
彼女は表情を変えなかった。女史は捕捉する。
「いずれ好き勝手に使われてしまうわけだから。せめてその間だけでも、自分たちの行為だと思わなければ。痕跡なわけ。足跡ぐらいつけておきたくなるじゃない。いくら下書きだったとしても。でも嫌だった?」
 そう言って無表情を崩さない彼女の反応を心配そうに窺う。
 彼女が表情を変えなかったのは、女史が疑っているようなことではない。彼女にはそう思えなかったからである。女史が言うような、ただそれだけのこととは。
朱書きの「共作用」の言葉の中に込められた女史の思い。彼女が疑う女史の心中。Ⅹ氏との共作だと思ったとしても、自分とのそれだと思うはずがないこと。その真意を隠していること。送られてきた「資料」の「状態」を見れば、それが共作相手へのメッセージを兼ねていたのは明らか。刺激というメッセージである。しかも普通の刺激ではない。いまは措いておくけど。
送るわね、と言われたときは、メモ書きに毛を生やしたようなもの、そう聞かされていたのである。それが、開封してみれば「思いがけず熱が入ってしまって」と断りがあり、「こうした方があなたの負担が少なるかもしれない」と、そう思って(余計な配慮だったかもしれないけど)、「決断してもらいやすくなるかなと思って、書いてみたわけ。あなたの目から見たらとてもなってない代物かもしれないけれどね」と。承知してもらえるなら(心からそう願っているけど)、「添削してほしいのよ。遠慮なく。貴方の文章にしてほしいの。そして「わたしたちの作品」にしたいの」とあったのである。
 言われる「資料」を読み終えたとき彼女は思う。これでは自分はまるで女史のための編集担当ではないかと。なにを考えているの。それとも立場を入れ替えてもらいたくなったの。編集者から作家に。
気持ちは分からないでもない。たしかにストレスも溜まる。若い作家が相手ならならそんなことはない。編集者の方が立場としては上である。それがいつか逆転してしまう。そして相手は嫌な作家になる。始末に負えないことにそれも作家としての成長の一つだと思いこんでしまう。意図的に勘違いして憚らない。作家にとっての手っ取り早い自己確認。その用に供される安物のおもちゃ。女史を日々襲う苛立ち。大した用事でなくかけられてくる電話。思い付きの電話。それを隠すために面倒に語りかけてくる耳元の声。雑音。猥雑な声。ええたしかにそうでしょう。
 でもまさかそのためにこんな手の込んだことを? ばかばかしい。それにそんな煩わしいことをするはずがない。そんな人ではない。いつだって単刀直入。取柄と言えるくらいに。しかもその取柄をフルに活かして手に入れた今の立場。明快な決断力。即決力。いずれも編集者に必要なもの。だから絵にかいたような編集者。それが女史。
 なにを考えているの。「出張」の前の女史とは様子が違う。本人は隠そうとしていても、かえって浮かび上がってしまう、どこか追い詰められた感じ。切迫感だけではなく背後に浮かぶX氏の影。
 それになに? 「あなたのためになる」なんて。もっと素直になりなさいよ。
 担当だからってそこまでするわけ? まともじゃないわ。冷静になって考え直しなさいよ。
 精一杯自分を保っている女史にかける言葉はない。分かっているはず。嫌というくらいに。何をしているのかが。周りが見えなくなる人ではない。ましてや自分を見失うなんてことは。
 分かっていたはず。言われていることが。それともそれも原因の一つっていうこと。あなたを追い詰める。貴女までそんなことを言うのねって。そういうこと?
 いいわよ。書いてあげる。癪に障るからよ。あなたが可哀想だからではなくて、あなたからそう思われることが許せないから。
 でも分かったわとは言いたくなかったの。あの時は。笑っているからよ。二人の遣り取りを聞きながら。
 あなた、隠していなかった? 首実検させていたんじゃないの。私のこと。X氏に。いたわよね。バーに。甘かったわね。知らなかった、わたし、透視力もっていたこと……。
 でも部屋に戻って、わたしが何をしていたと思う。書いていたのよ。もう物語を。「ロマン」をね。我慢がならなくって。なにもかもが。あなたが「出張」している間もよ。
 それがなに? この「資料」。どういうつもり。これじゃ私じゃない。まるで私がなにをしているか分かっているみたいにして。
 でもあなたには透視力はない。そんなものあなたには邪魔だから。だから思ったの。これって、決別状ね。絶縁状ね。でなければ果し状。Ⅹ氏に向けた。
 いいわ。結構よ。そうしてよ。思う存分。
それに「共作用」って、もしかしたら、そういうこと。
「凶作用」ってこと? 
作家以上のものを書いて。突きつけて。そして、その先は知らないけど。枯らすわけね? 
でもどうしたの。なにがあったかは知らないわ。話したくないんなら話さなくてもいい。聞きたくもないわ。でも引き下がるわけにないわ。あなたがもういいと言ってもね。はじまってしまったのよ。私のなかでも。

 ――冒頭は、とある公園。公園の一角。一人の男。力なくベンチに座っている。大きなバックを横に置いて。下を向いて独り言を呟いている。なにかに語りかけている。まさかと思えば、相手は蟻。なんの話? 寓話? それがⅩ氏の好みというわけ?
 どうもそうではなさそう。読み方が変わる。変えなければならない。寓話ではなくなる。
猫たちとのやりとり。両者の神経戦。片意地を張る男の、いかにも幼稚な所。でも男にはなにか訳がありそう。極めこんだスーツ姿。身体を隠してしまうほどの大荷物。小道具にしては大仕掛け。コミカルな彼らを包む、対照的にニヒリスチックでシリアスな感じの公園の空気。
彼女は、さらに読み解く。公園のベンチの男のことを。蟻たちのことを。猫たちのことを。男の奇態を。挑発を。唐突な奇術を。挙句の果ての泣き喚きとただならぬ憔悴を。
やがて男の告白が始まっていく。なされていなかった名乗りが挙げられる。失くしてしまった本名の一件が、まことしやかに語られる。
なぜ失くしてしまったのか。それもこれも記憶に異変が生じてしまっただめだという。消沈する男。慰め。告白の先に現れる女。明かされるのは男を襲った大きな運命。運命とは閉じ込めのこと。男は女に閉じ込められたのである。そのときの音。男の耳を襲する音。息を止めかねないほどの音。女が立てた音だった。女は後ろ足で荒々しく扉を強く蹴ったのである。怒りにまかせて。
彼女は感じる。寓話に潜むはげしい怨念を。怨念のなかに佇む人の姿を。女に身をやつした者の姿を。女の姿に借りた編集女史の心の叫びを。ここにあるのはただ一つ。引き裂かれるような心の叫び。Ⅹ氏であるにちがいない〈男〉に向かう、怨念の限りをこめた叫び声。
もう間違いない。これは、Ⅹ氏を挑発しようなどという、相手を思いやった、心うるわしい類の代物ではない。甘ったるいものではない。
そういうことね。彼女は理解したのである。〈男〉に向けられた挑戦状であるのを。刺し違えを覚悟の果し状であるのを。
おそらく男が抱えている荷物は、書籍。しかも男が書いた男の著書。大量に売れ残った本の一部。男は行商人。売れ残った自分の本を売り捌く。
閉じ込められたのもそのため。完売するため。全部売り尽さない限り戻れないのだ。
でもそれも上辺。真相はその裏に隠されている。〈男〉の存在である。存在そのものが我慢ならないということ。隠された真相であり真意とは。
女史の渦巻く心の闇などこれまで一度も考えたことなどない。もし闇があったとしてもそれ以上に煌めく知性がある。曇りを知らない目の輝きがあり、頬の張りがある。響く声がある。きびきびとした歩き回る姿があり、つかつかと進みゆく躊躇いのない行動力がある。くじけることを知らない心がある。剥き出しの意思が……。
どうしたというの? なにをしたというの? なにをされたというの?
訊きたくも、訊かれてたくもない。ええそう。聞くまでもないことよね。
あなたが聞きたいのは、私の答え。意思。
じらしてるわけではないわ。趣味じゃないわ。
分かってそうね。それならいつものあなた。
それでいいわ。


グラスの触れ合う音が、二人の空間を押し広げる。あの〈公園〉に向かって響きわたる。二人の新たな出会いの場。図らずも抱え込まれた公園。すでに書き始められていた公園のなか。彼方の公園にグラスが掲げられる。
――そう「公園」に!
二度目の乾杯。消えない余韻。余韻の彼方。
彼女と女史の二人の前にあるのは、一台のベンチ。公園の一角に据えられたベンチ。
ベンチに座り込む男。背中を丸めて俯き加減に砂地の地面を見つめる。もう長い時間が経とうとしているのに。
冷ややかな視線を浴びせながら二人は男に近寄る。そして両側に座る。女史が用意してきたグラスを差し出す。彼女は抱えてきたワインの栓を引く抜く。
静まり返った公園の空気にワインの注がれる音が滲みこむ。
女史は差し出す。遠慮は要らないわ。彼女は男に語りかける。
丸めた背中からなにか危険を察知したかのような怯えたような眼で二人の顔を見上げる。
――若竹! 若竹!
男は樹上に向かい叫び声をあげる

* こうして物語は、こんな形でも始まっていくのだった。すでに始められているとしたなら、はじまりを説き起こすもう一つの物語が、先行する一篇とともに相応に相互の時間性を失っていたためである。
                                                            (未完の完)

[付記]
 都合により創作「ロマン」は連載8をもって「未完の完」として中断。「わ」に移って、再帰する形でいずれ再述の予定(時期未定)。